あるゾンビの独り言

援助交際の支払いは命で... 非モテ男子の予測不可能恋愛物語

シエラ〈第17話〉

                                                                                                                           Je m'appelle

 約三時間後、自分の姿を鏡で見て瞳孔が開いた。

衣装は、愚直に白くて細くて光沢を放っている。髪は、ベージュの焦げたような色合いで、跳ねたりうねったりと忙しい。ヘビ柄の靴の先端は、秋刀魚のように尖がっている。アクセサリーは、悪役プロレスラーの凶器とどこが違うのかよく分からない。顔面は、吸血鬼ドラキュラのような白塗りで、眉はカタカナの「ノ」の字より細い。

 

 ダグザに戻ると、ビフォア・アフターのビフォアを知っている者たちがどよめいた。 

「おいおい。上出来じゃねえか」

 ジオンが、日向に干した布団と間違えて、私の全身をパンパンと叩く。

 先輩ホストたちが寄って来て、

「やっば。エッロ」

「怪し過ぎるな」

「全身モザイク入れとけよ」

 などと、賞賛の弁を次々と並べ立てる。

「外見はとりあえず合格ですね。なかなか恰好いいですよ」

 副社長も出てきて私を褒めた。

「オレの目は間違ってなかったっショ。岩盤浴で会った時、めちゃくちゃダサいけど、素材は悪くないなと思ったんスよ。ボソッとつぶやく一言が、わりと面白いし」

 ジオンが時計を見た。

「よし、もうすぐ開店だ。気合い入れていくぞっ」

「ッシャアアアー」

 店内に、鬨の声が鳴り響いた。

 

 

 十八時の開店からややあって、客がパラパラと来店し始めた。副社長の指示で、ジオンに付いて回ることになった。

 最初の客は、OL風の二人組だった。ホストクラブの客と言えば、遊び慣れた夜の女ばかりだと思っていたので、少々驚いた。

「ヤッフー。失礼しまっす。ジオンです。指名してくれて、ありがとー」

「ジオーン、また来ちゃった」

 ショートカットでアーモンド形の目をした、小学校の通信簿で体育は5だったに違いないと思わせる精悍な気を漂わせたOLが、ジオンに勢いよく抱きつく。常に体育2だった私の本能は、すでに降参の信号を発している。

「また来るとは言ってくれてたけど、こんなにすぐ来てくれるなんて、思ってなかったよ。マジでうれしいぜ」

「出た。私、ジオンの『ゼ言葉』大好き」

「そうかい。今夜はオマエを帰さないぜ」

「キャー。私帰れないのー? どうしよ」

 体育5のOLは、黒いストッキングに包まれた長い足を、赤のレザーパンツをはいたジオンの足に絡める。このような場合は目を逸らすべきなのか、それとも微笑みながら見ておくべきなのか、ホストとしてのマナーが分からない。どういう姿勢でどこを見て、どんなタイミングでどのようなセリフをどんなふうに言えばいいのか、誰かが適宜耳打ちしてくれねば困る。

「今日ね、お友達も連れて来ちゃったの」

 栗茶色のボブヘアーで、本当は一重瞼なのに眠り過ぎて二重になってしまったような目をしたOLは、今日が初めての来店らしい。

「お。チャーミングなお友達。ジオンです。どうぞお見知りおきを」

 ジオンは執事のように左手をみぞおちの辺りに当てて頭を下げる。

「オトモダチでぇす。よろしくお願いしまぁす。ウチ、こういうトコ初めてなんで、ドキドキしてまぁす」

「平気、平気。この彼も初めてだから」と言って、ジオンは私に水を向けた。

 OL二人が同時に私を見る。

 顔に摂氏五〇度の血が上る。瞬時にして口が干物になる。

「レ、レオンです。よろがいおねします」 

 二人のOLが互いに顔を見合わせている。場の温度が急降下するのを感じた。これまでの人生で、幾度となく経験してきた局面である。考えてみれば当然だ。万人に遍くバリアを張られるこの私が、ホストなどやれるはずがないではないか。やはりここは、私のいるべき場所ではなかった。今すぐ消えるための脱出用地下通路は掘られていないのだろうか。足元にあるのは、鏡のように磨き上げられた大理石調の床ばかりである。

                              (次回につづく)