あるゾンビの独り言

援助交際の支払いは命で... 非モテ男子の予測不可能恋愛物語

シエラ〈第28話〉

Je m'appelle

「そんな丈の短いズボンは履いていなかった」
「眉毛が繋がっていたことなどない」
「髪型がカッコ悪かったのは認めるが、決して不潔だったわけではない」
 と、どれほど主張しても悉く却下され、結局、髭森さんの歪んだ先入観に合わせて、非モテ男子のコスプレをさせられる羽目になった。
 ワゴンの中に監禁されて約一時間。鏡の中にいた自分は、神無月のごとく、本物の特徴をデフォルメしたニセモノであった。神無月と異なるのは、モノマネをしているのが本人であるという点だけだ。
 蘭丸も、ジオンも、副社長までもが、髭森さんの肩を持つというのは、相変わらずの私の人望の薄さの表れである。
 採用面接のカットをカメラ二台の長回しワンテイクで済ませると、続くのは接客のシーンである。
 テーブルについた初めてのお客様であるアキラとミオに、LINEで事情を説明し、出演を依頼した。顔と声にモザイクがかかり、無料で酒を飲めると知った二人は、大乗り気でやって来た。
 オタクからホストに変身し直し、二人を出迎えた。
「キャー、ますます男前になっちゃって、お姉さん嬉しいわっあーん」
 アキラがそう言って、黒いストッキングに包まれた長い脚を私の脚に絡めると、「そこは俺のポジションだ」と、ジオンが不服を申し立てた。
 アキラ、ミオ、ジオン、私、と本人が四人揃えば、再現VTRを撮るのに脚本も打ち合わせも必要ない。理性が揮発するまで酒を飲むだけだ。ただ、あの日よりアルコールに強くなっていたため、なるほどこういう流れで桜田門を振り付きで歌うことになってしまったのか、という発見はあった。
 新人ホスト覚醒のカットはまた後日、と言って髭森さん率いる撮影隊は帰って行った。後日何の罪もなく顔面を張られねばならない者の気持ちも知らずに、業務終了後、ジオンはパンツ一丁で鏡に向かって横ビンタのフォームを入念に確認していた。
 その後、髭森さんは朝に晩にと、私の部屋にまでクルーを引き連れてやってきた。そして、何が面白いのか分からないが、明け方に就寝する様子やら、昼起床して布団の上でお客さんからのLINEをチェックする様子やらを撮っていった。高校の卒業アルバムを見つけて大はしゃぎする髭森さんの姿を見たときは、ああ、我慢して高校を卒業しておいてよかった、と感慨深かった。

 

 こうして出来上がった『密着ドキュメント 新人ホストの長い一日(前編)』が、ついにオンエアされた。
 各種メディアの乱立によって地上波の力が衰えたと言われるが、全国ネットの影響は依然大きい。オンエア以降、新人レオンへの指名が爆発的に増えた、のは良い。しかし、ヤフーのトレンドワードに「よろがいおねします」が入っていると人から聞いた時には、さすがに薄気味の悪さを感じた。
 番組から画像や映像が切り取られ、SNSで拡散されてもいるため、テレビに興味のない層にまで、ファンとアンチが勝手に広がっているようだ。(アンチ優勢だと、訊いてもいないのに蘭丸は教えてくれた。)エゴサーチをすれば、アンチからの攻撃にメンタルをやられる恐れがあるので、決してSNSには手を触れない。ジオン直伝の術を備えて立ち向かっても、その領域にはまだ、対応し切れないような気がするのだ。

 

(次回につづく)