あるゾンビの独り言

援助交際の支払いは命で... 非モテ男子の予測不可能恋愛物語

シエラ〈第34話〉

Je m'appelle

「はい、どうぞ。紅茶と、さっきの飲み物」
「ありがとうございます。あ。これですか、ウサギのシエラが飲んだの」
「うん。黄金比のコーヒー牛乳」
「じゃあ、こっちから飲んでみます。いただきまーす」
 一口飲んで、シエラは首をかしげた。
「これ、違いますよ。さっきの方がおいしかったです」
「さすがだね。たぶんシエちゃんの言う通りだよ。当たり外れがあるんだ」
「ふーん。まあ、これも普通においしいからいいですけど」
「で、シエちゃん、さっきの話の続きは?」
「さっきの話って、何でしたっけ?」
「もう話しても怒られないだろうから話します、みたいなこと言っていたでしょ」
「そうでした。忘れてました。テヘペロ
 そう言ってシエラは少し上気した顔で私を見つめる。
テヘペロは新しいね、とか言ってくれないんですか?」
「え? レンタルボディーに初めからインストールされていた言葉でしょ?」
「違いますよ。メイドカフェで覚えたんです!」
メイドカフェ? シエちゃん、女子一人でメイドカフェなんか行ったの?」
「違いますよ。働き始めたんです」
「ええ! 死神なのに?」
「あれ? 言ってませんでしたか?」
「聞いていないよ」
「ホストクラブで働いてるって自慢するヒトがいるから対抗したんです」
「誰がいつ自慢したんだよ」
「そこのヒトが会うたびにです」
「自慢なんかしていないよ」
「してました!」
「もう。分かったよ。正直に言うと少し自慢していました。ちょっとシエちゃん、お願いだから話の続きを早く聞かせて。朝になっちゃうと本当にまずいから」
「最初から素直に認めればいいんですよ。では。エッヘン。そこのヒトからぁ、命をもらえってぇ、シエラに命令したのはぁ、デケデケデケデケデケ......」
「早くして。叩くよ、しまいには」
「デデン! 実はそこのヒト自身なんですう」
「え。どういうこと。あり得ないでしょ、そんなこと」
「あり得るんですう」
「全く分からない。ちょっと分かるように説明してよ」
「順番に話しますから、慌てないでください」
 表で風が不気味な唸り声を上げている。
「シエラがそこのヒトにこのお仕事を頼まれたのはあ、そこのヒトがあ、生まれる前のことなんですう」
「生まれる前? 生まれる前にどうやってシエちゃんに会って、まだ生まれてもいない自分の命を奪うことを、どうやってシエちゃんに頼めるの?」
「つまりい、そこのヒトとシエラはあ、そこのヒトが生まれる前からあ、知り合いだったんですう」
「ええっ。何が何だかさっぱり分からないよ」
「慌てないで聞いてください。文句ばかり言ってると、話すの止めますよ!」
「分かったよ。あまりに謎が深過ぎるからつい。話を遮ってしまってごめん。続きを聞かせてくれる?」
「じゃあ、話しますね。生まれる前のそこのヒッ!」
 風で何かが飛ばされて来たらしく、雨戸が大きな音を立てた。
「うるさいですね! シエラは今大切なことを話そうとしてるんですよ!」
 雨戸に向かってシエラは怒鳴った。
「シエちゃん、台風とも交信できるの!?」
「それはさすがに無理です」
「なんだよ、もう、びっくりするなぁ。それで、生まれる前のぼくが一体どうしたの?」
「ダグザです」
「はい?」
「生まれる前のそこのヒトは、ダグザだったんです」
「どういうこと?」
「生まれる前のそこのヒトは、ダグザという名前の、神だったんです」

 

(次回につづく)