あるゾンビの独り言

援助交際の支払いは命で... 非モテ男子の予測不可能恋愛物語

シエラ〈第13話〉

                                Je m'appelle

 今日は、国際展示場での勤務である。出勤したら制服に着替え、前のシフトの担当者と業務の引き継ぎを行った後、インカムを装着し鍵の束を持って勤務の開始となる。そのためには、まず防災センターに行かねばならない。そして、防災センターには止まれがいるはずだ。

 止まれにだけはシエラを触らせたくない。シエラが止まれと手をつなぐ。シエラが止まれとピー、シエラが止まれとピー、シエラが止まれとピー、ピー、ピー、ピー、ピー、ピー、ピー、

 想像しただけで胃袋が裏返しになりそうだ。しかし、どうしたら二人の繋がりを断つことができるのかが分からない。中学生だったら、放課後に体育館の裏あたりでポカポカと殴り合ったりするのか。残念ながら、青少年期に通過すべきそのような手続きを全て省略してしまったため、このような時に何をどうすべきなのか見当もつかない。強い風が二人を吹き飛ばしてくれるのを祈る以外に、うまい方法を思いつかない。

 防災センターの扉は常に重たいが、今日はいつもの比ではない。顔面の体操をして臍に力を込めてから、意を決してドアを開ける。

 その内部は、直線に支配された空間だ。モニターがいくつも並び、正面の壁をほぼ埋め尽くしている。モニターは施設内の様々な場所を映し出しており、カメラの角度やズームは遠隔操作で自由に操れるため、施設内の主要な場所に関しては、実は巡回する必要がさほどない。そしてフロアには、大型旅客機の操縦席のような機械が置かれている。

 そして、止まれはそのセンターに陣取り、なにやら機械を操作している。

 金属化した胃袋の存在を感じつつ止まれに歩み寄り、斜め後ろから声を掛ける。

「昨日は、すみませんでした」

 止まれは、顔だけ後ろに向けて「おぅ」と言った。

「あの、彼女から、なんとなく聞いたのですが……」

 止まれは椅子を回して、体をこちらに向ける。

「シエラ言っちゃったの? マジ? そっかぁ。で、何」と眉をしかめる。

「あ、ああ。えーっと、そのー」

「何。なんか文句あんの」

「いや。そういうことではなく」

「じゃあ何。早く言って、忙しいから」

「その、呼吸の件は……」

「何、呼吸って」

「え、その、逢うごとに取り引きされる、その、なんというか……」

「ああ、小遣いのことね。ならそう言えよ、めんどくせえ野郎だな、ったく」

「小遣い?」

「悪りいな、俺は小遣い要らねえってよ。ただ逢えればいいってさ。毎日逢いたいって。へへへ」

「えっ」

「そっ。タダでヤラしてくれるってさ、ハハッ。おまえとはもう逢わねえって言ってたぜ、ヒヒッ。で、おまえはいくら払ってたの、今まで。ホテル代プラス二万?」

「いえ」

「三万か」

「まあ」

 面倒なので嘘をついた。

「すげえな、おい。金持ちじゃん」

「………」

「いや、おまえにはホント、悪りいと思ってんだよ。シエラに友達紹介してもらおうか?」

「友達は、たぶん、いないと思います」

 

 鍵の束を持って、防災センターを出た。

 一体どういうことだ。

 止まれに対して、シエラは自分の正体を明かしていないらしい。命を取らずにデートだけするつもりなのか。そんなことをするだろうか。相手はあの止まれだぞ。まさか、あんな男がタイプなのか。 

 待てよ。そもそも死神に恋愛感情などあるのか。 

 あるはずがないか。 

 だとすると、私のシエラへの思いには、一体どういう意味があるというんだ。 

 永遠の片想いということか。

 違うな。

 独り言みたいなものか。

 そうなのか。

 その代償が、命なのか。

                               (次回につづく)