あるゾンビの独り言

援助交際の支払いは命で... 非モテ男子の予測不可能恋愛物語

シエラ〈第3話〉

                                Je m'appelle

 翌日は夜勤だったので、昼間は布団の中でずっとごろごろしていた。頭の中では、シエラのことと失った命のこととが、延々ループしていた。シエラは頼んだ料理を殆ど一人で食べ尽くした上に、さらにとんでもない量のスイーツを追加注文して、それも一人で食べ切った。胃袋の容量も生身の人間とは明らかに違う。恐ろしく燃費の悪いレンタルボディーだ。自分の命が本当に二七〇日分縮んだのかどうかは確かめる方法がない。精神の錯乱の影響で、体調は決して良好とは言えないが、特別に悪いわけでもない。少なくとも今日明日中に死ぬ気配は感じられない。

 仮に自分が死んだところで、悲しむ者もいないが。

 考えてみると、今までの人生で、人間という人間はみな私を警戒し、心を閉ざした。親兄弟ですら例外ではない。そんな中、シエラは私に対して、少しも距離を置こうとしなかった。そして私も、カーテンを開けてシエラが入って来たときこそ緊張したが、その数分後には、理と知が霧散し、精神的真空状態に入っていた。人間と共にいて自分がそのような状態になるということは、これまでの人生の中で一度たりともなかった。これらを総合して考えると、シエラは人間ではないということになる。

 そして、もしシエラが本当に死神だったとすると、私は昨日シエラとデートをしたことにより、命が二七〇日分短くなったことになる。

 二七〇日の命。

 私は一体どれほどのものを失ったことになるのだろう。その二七〇日で私は何を見、何を感じるはずだったのだろう。満開の桜を見る回数は一回減りそうだ。上質な本や映画に触れる回数は? 漫才を聞いて爆笑する回数は? おいしいカレーを食べる回数は? サウナ上がりの水風呂を楽しむ回数は? オナニーの回数は?

 改めて考えると、生きるって一体何なんだ。桜だの、カレーだの、オナニーだの。その程度のことなのか。自分の生の価値の中に、人との出逢いの喜びや、人と過ごす安らぎなどが含まれていないことに、今更ながら気付いた。本当に不器用で寂しい人間だ、私は。

 溜め息をつきながら目を閉じると、出会いカフェでシエラが小部屋のカーテンをめくって現れた瞬間が、胸の高鳴りとともによみがえってきた。シエラが死神だと悟るまで、毛細血管の隅々までが愉快な気持ちで一杯だった。全身の細胞が幸せを感じていた。

 もう気付いている。

 思考する自分としては認めがたいことだが、自分の魂はシエラに逢いたがっている。

 寿命が少々縮んでも構わないから、シエラにもう一度、いや、二度でも、三度でも逢いたい。死んでもいいから何度でも逢いたい。そう思っている自分が、死を恐れる自分と共に、自分の中にいる。

 

 警備員の姿というのは、一般の人からは見えていないのではないかと思う瞬間がある。仮に姿が見えていたとしても、人格はないものだと思われているのではないか、そんな気がする。そうだとすれば皮肉にも、誰からも愛されていない自分に、打って付けの仕事だと言える。

 東京のど真ん中にある国際展示場は、ガラス張りの近未来的なデザインで、世間からは華やかな印象を持たれているのだろうが、夜は単なる無機質の器だ。

 私たち警備員は、異状がないかどうか、亜空間に巣くう巨大怪獣の腸のごときその器の中を見て回る。トイレの個室を一つひとつ開けては不審者や不審物が存在しないことを確かめ、また、消火器やAEDが然るべき場所にきちんと存在していることを確認する。幸いにして霊感は全くないので、あちらの世界の人にばったり遭遇してしまう恐れこそないが、やはり夜中の巡回は気持ちの良いものではない。割り当てられた場所を一通り見て回ると、一晩で二〇キロ以上歩くことになるが、そのウォーキングが功を奏して健康が増進した自覚はない。

 真夜中に無人の建物の中を歩いていると、自分は何のために生まれてきたのだろうかと、つくづく考えてしまう。勝ち組、負け組という身も蓋もない言葉があるが、どう不正な判定をしようとも、夜中に無人の建物の中を二〇キロ歩く職業は、勝ち組には分類されにくい。しかも、そんな集団の中に於いてさえ、自分は階級序列の最底辺にいる。あまりに情けなくて、生まれてきたこと自体を気のせいだったことにして、オールリセットしたくなる。

 

 二時間ほどかけて決められた範囲の巡回を終えると、三〇分ほどの休憩を取ることができる。休憩室は喫煙室を兼ねている。煙草の苦手な自分にとっては、毒ガス室も同然である。まして休憩室では、もし話しかけられたら人と喋らなければならない。喋りたいことなど何もないのに喋らなければならないのは、拷問も同然である。したがって休憩室は、毒ガスの充満した拷問部屋である。

 休憩室に入ると先客が二人いて、何やら夢中で話し込んでいる。話のネタは、どうやら「パチンコ」のようだ。自分がパチンコについて語れることといったら、五歳の時に親戚のおじさんに連れられて人生で一度だけパチンコ屋というものに入ったのだが、煙草や化粧の臭いにむせて、店に入って五分で嘔吐してしまったということくらいである。

 そこで、話しかけられるのを防ぐために、渾身の演技で非常に眠たい人になり、休憩の三〇分間を凌ぐことにした。実際に眠いので、これはさほど難しい芝居ではなかろう。

 ところが、二回の偽りのあくびの後、一回目の本当のあくびをしようかと思ったところで、仮眠室でいつも道路工事のようなけたたましいイビキをかく太った男が、見た目に不相応な妙に良い声で話しかけてきた。

「きみ、見かけない顔だね。新入り?」

 馬鹿な男だ。つい一月程前、入ってきたばかりのこの男に、電話の取り方を教えたのはこの私だというのに。あるいは、分かっていて敢えて分からないふりをしているのか。そうすることによって私に対し、認識するに値しない存在だと遠回しに伝え、精神的なダメージを与えようとしているのかもしれない。

「新入りではありませんが、そう古くもありません」

「へぇー。きみパチンコやる?」

「いえ、ギャンブルは苦手なので」

「パチンコはギャンブルってほどのものじゃないでしょ。ねえ」

 道路工事は、もう一人の男に同意を求める。

 すると、同意を求められた逆三角形の赤ら顔をした『止まれ』の標識にそっくりの痩せた男が、私の顔を見ることもなしに、

「お上品な方だから、パチンコなんて下品なものには興味ないんじゃあねえの」

 と、歌の下手なサッチモのような声で吐き捨てるように言った。

「そう言えばタバコも吸わないんだよね、きみ。ごめんね、この部屋タバコ臭くて」

 道路工事が言った。この発言により、道路工事が私のことを知っているくせに、わざと知らない風を装っていたことが確定した。

「ああ、ヤニはうまいなぁ。特に飯食った後のヤニは最高にうまいよな」

 止まれが嫌みを言う。

「あと、セックスの後ね」

 道路工事が良い声で呼応する。

「そうそう。だから飯食って女とヤッた後のヤニは最強なんだよな」

「確かに」

 道路工事が、太くて短い首の可動範囲の限界を超えてうなずく。

「あ、ごめんね。分かんない話ばっかりしちゃって」

 止まれが皮肉な笑みを浮かべる。

「しかも下品だしね」と道路工事。

「いえ。そんなことは……」

 休憩時間はまだ二〇分も残っていたが、その場に居続けることの心理的負荷は手に余ると考え、残りの時間はトイレの個室で過ごすことに決めた。

 トイレの中までタバコ臭く、道路工事の不必要に良い声と止まれのザラザラした声が聞こえて来るのは、自分が前世で余程大きな罪を犯し、その贖罪が済んでいなかった由縁に相違あるまい。

                               (次回につづく)